歴史

 明治38年、北海道出身で東京に学ぶ学生有志が集まり結成された「北海道学生会」 が「公益財団法人北海道在京学生後援会・北海寮」の原点であり、その後、紆余曲折を経て、学生会の財政的基盤を固めるため昭和8年9月8日「財団法人北海道在京学生後援会」(初代理事長は当時の大蔵省銀行局長 大久保偵次氏)を設立し、同時に戸山ケ原に「北海道在京学生会」(初代会長は当時の北大総長 佐藤昌介氏)の本部となる第1世代の「北海寮」を建設いたしました。
 その後、昭和18年の学徒動員など戦乱の中、昭和20年4月の空襲により戸山ケ原寮が焼失する激動の時代を迎えましたが、関係者の努力により7年後には東五軒町の病院を改装した第2世代の「北海寮」を再建いたしました。
 しかし、在京の大学に学ぶ学生が年々多くなり、東五軒町の寮では手狭となったため昭和31年に収容人員120人(増築後)の第3世代の「北海寮」を練馬区石神井台(当時上石神井)に建設しました。
 この第3世代の石神井寮も設備の老朽化が進み、昭和51年2月に大改修を行いましたが、その後も経年劣化による老朽化が進み、平成5年に全室個室(72人収容)、冷暖房完備の近代的な現在の「北海寮」を建設するに至りました。
 「北海道在京学生会」は、在京の大学に学ぶ学生が飛躍的に増加し、時代の風潮とともに学生会そのものに対する関心が薄れ、徐々にその存在意義も希薄となって、在京学生の後援事業は「北海寮」の運営と寮生の育英という事業に変遷して今日に至っております。
 この間、「北海寮」を卒寮した学生は1600人を超え、実業界、官公庁に有為な人材として各界で活躍しております。
 現在、公益財団法人北海道在京学生後援会および北海寮の運営は、これら卒寮生および関係者のご支援により支えられております。
 

公益財団法人北海道在京学生後援会・北海寮の礎  

大久保偵次 理事長 (大蔵省銀行局長) 昭和8年~昭和44年
土居通次 常務理事 (徳島県知事・室蘭市長) 昭和8年~昭和27年
大澤竹次郎 常務理事 (東京高等農林学校教授・
 麻布獣医科大学学部長)
昭和8年~昭和44年
今野三治 常務理事 (栗林商船顧問) 昭和8年~昭和44年
下平 尚 理事 (東京医科大学教授) 昭和8年~昭和15年
岡村千曳 理事 (早稲田大学教授) 昭和8年~昭和38年
武富英一 理事 (大倉土木会長) 昭和8年~昭和23年
片岡隆起 理事 (大日本麦酒社長) 昭和8年~昭和15年
石山茂太郎 監事 (東京高等農林大学教授) 昭和8年~昭和11年
岩井久吉 理事 (中井製作所) 昭和8年~昭和11年
小林克己 理事   昭和8年~昭和23年
栗山禮而 監事 (三菱海上火災) 昭和8年~昭和26年
北原金司 監事 (高崎経済大学学長) 昭和12年~昭和44年
野口喜一郎 理事 (合同酒精会長) 昭和12年~昭和20年
増井 進 理事 (弁護士) 昭和12年~昭和16年
成田 努 理事 (中央食糧営団総裁) 昭和18年~昭和20年
室谷彌左右 理事 (室谷病院長)
※昭和45年から第2代理事長
昭和23年~昭和56年
鹿内信隆 理事 (フジテレビ社長・ニッポン放送社長・
 産経新聞社長)
昭和23年~昭和44年
栗山健吉 理事 (朝日証券社長) 昭和26年~昭和44年
西野禎治 理事 (北海道倶楽部常務理事) 昭和29年~昭和44年
大竹敬太郎 理事 (山形屋旅館社長) 昭和29年~昭和30年
太田 剛 理事 (苫東開発総裁・東洋電機製造社長) 昭和29年~昭和44年
永田昌綽 理事 (北海道倶楽部理事長・北海道曹達社長) 昭和29年~昭和44年
栗林徳一 理事 (南方林業会長・北海道漁業公社総裁) 昭和29年~昭和44年
阿部謙夫 理事 (北海道新聞社長・北海道放送社長) 昭和29年~昭和44年
岸 道三 理事 (日本道路公団総裁) 昭和29年~昭和44年
東海林武雄 理事 (日本専売公社総裁・旭電化工業社長) 昭和29年~昭和44年
広瀬経一 理事 (北海道拓殖銀行頭取) 昭和29年~昭和44年
土方省吾 理事 (服部貿易取締役) 昭和29年~昭和31年
北浦延治郎 監事 (札幌南高等学校長) 昭和29年~昭和44年
谷 脩治 監事 (函館太洋倶楽部理事長・函館倉庫社長) 昭和31年~昭和32年
小間 登 監事 (ミクロ工業社長) 昭和33年~平成元年